大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7932号 判決 1957年12月27日

原告 宮下代作

原告 萩原護謨株式会社

右代表者 萩原是

原告 清一こと 加藤佐一

右三名代理人弁護士 佐藤軍七郎

被告 三信商会こと 松田悦

右代理人弁護士 戸田善一郎

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、証人藤井益雄の証言により成立の真正を認め得る甲第一号証の一から三までおよび第二、三号証の各一、二と右証言とによると、原告等がそれぞれその主張のような約束手形の所持人として、各その振出人である訴外株式会社藤井製作所に対して手形債権を有していることを認め得べく、この認定を動かす証拠はない。

二、(一)被告が昭和二十六年十月十六日訴外株式会社藤井製作所に対する債権の代物弁済として、同会社からその所有に属する物件を譲り受けたこと(但し右代物弁済にかかる債権および譲受物件の各明細ならびに右物件の価額については、後に判示するところに譲り、ここでは論外とする。)および当時被告が訴外株式会社藤井製作所に対して、原告等主張のような同会社の振出にかかる金額二百万円の約束手形に基く債権を有していたことは当事者間に争いがない。

(二)(イ)ところで成立に争いのない乙第三、四号証ならびに証人藤井益雄、柴崎次郎および松田シヅ(第一回)の各証言によると、被告は、訴外株式会社藤井製作所が先日附で振り出した被告主張のごとき金額二百万円および同十六万四千円の持参人払式小切手各一通を前記代物弁済当時所持しており、前記代物弁済は、前示約束手形一通および小切手二通に基く右会社の被告に対する債務に対するものとしてなされたものであることが認められ、この認定を左右する証拠はない。

(ロ)原告等は、訴外株式会社藤井製作所が被告に対して代物弁済のため譲渡した物件は、別紙第一目録にかかげるとおりであり、その当時における該物件の価額は合計金三百二十万九千六十八円であつたと主張するところ、証人大葉経男、杉田良久および藤井益雄の各証言により、前記代物弁済の際に訴外株式会社藤井製作所の係員として立ち会つた訴外大葉経男が作成したメモに基いて同会社の従業員である訴外杉田良久が作成したものであることを認め得る甲第四号証(但し、そのうち「単価」および「金額」の各欄の数字は、右メモに基いたものではなく、訴外杉田良久が二流の中位のメーカーである日本鋼線株式会社の卸価格を基準として記入したものであることが証人杉田良久の証言によつて認められる。証人藤井益雄の証言中、認定に牴触する部分は措信できない。)には原告等の前示主張に副う記載が存し、証人大葉経男は、前記メモは、被告が前記代物弁済の目的物件をその蔵置されていた倉庫から運び出してトラツクに積み込むのを逐一検分して書き留めたものである旨証言するが、この証言はにわかに措信し難く、他に甲第四号証における「品名」、「規格」および「数量」の各欄における記載が被告において訴外株式会社藤井製作所から代物弁済のために譲渡を受けた物件について如実になされたものであることを認め得る証拠はない。してみると結局別紙第一目録にかかげるような品名、規格、数量単価および金額の物件が訴外株式会社藤井製作所から被告に対し代物弁済として譲渡されたことを認定し得る証拠はないことに帰するものといわなければならず、しかも証人柴崎次郎、松田シヅ(第一回)および井上武次の各証言を総合するときは、被告が前記代物弁済のために譲り受けた物件は、物置ともいえる程度の右会社が「花屋の倉庫」と呼んでいる土間敷の倉庫に格納されていたため、梱包のこもが切れたりゆるんだりしたものまたは裸のままのもので、相当に錆を生じていたものであつたことが、さらに証人松田シヅの証言(第二回)によると、被告は、右物件を譲り受けてから三箇月程後に、相当苦心の末これを二回に分けて代金合計約金三十万円で他に売却したことが認められることからして、被告が訴外株式会社藤井製作所から代物弁済のために譲り受けた物件は被告が認めているとおり、別紙第二目録に記載するような品名、規格、数量および価額(但し、価額については右目録中の「中古金額」欄にかかげられたところによる。)のものであつたとするほかない訳である。

三、そこで進んで右認定にかかる代物弁済が訴外株式会社藤井製作所の詐害行為と解し得るかどうかについて考えてみる。

叙上のごとく右代物弁済当時原告等は訴外株式会社藤井製作所に対しそれぞれ約束手形債権を有していたところ、証人藤井益雄、大葉経男および杉田良久の各証言(但し、証人大葉経男の証言中後掲措信しない部分を除く。)によれば、右会社は、前記代物弁済のなされる以前にその振出にかかる約束手形について不渡を出し、休業やむなきに至り、債権者から厳重な督促を受けたけれども債務を弁済することができず、殊に大阪方面の債権者は特別態度が強硬で、その債権の代物弁済に充てるためと称して、右会社所有の商品を運び去つてしまつたのであるが、被告が右会社から前記のごとく代物弁済を受けたのはその直後であつたことが認められる。証人大葉経男は、訴外株式会社藤井製作所が手形の不渡を出した時期につき、昭和二十六年十一月頃と証言している(もしそうだとすると被告が前記代物弁済を受けた時より後のこととなる次第である。)けれども措信できず、他に右認定を覆すべき証拠はない。してみると訴外株式会社藤井製作所が被告に対して前述の代物弁済をしたことは、後述する点を一応度外視すれば、その債権者を害するものであり、そのことを同会社は知つていたものと解するのが相当である。しかしながら債務者が一部の債権者に対して代物弁済をすることによつてその一般担保に減少を来たすことがあつたとしても、もしその目的物の価額が正当に評価されてなされたときには、他方においてその価額に相当するだけの債務が消滅し、結局において債務者の総財産額に増減はないものというべきであるから、債務者が当該債権者と通謀して他の債権者を害する意思に出たというような特別の事情でもあれば格別、右のような代物弁済をもつて直ちに詐害行為とみるべきではない。本件についてこれを考えるに、被告は、訴外株式会社藤井製作所の被告に対する代物弁済は、その目的物件の相当価額が金四十八万九千六百八十六円であつたのに、これにより消滅せしめられたのは、当時被告が右会社に対して有していた金四百十六万四千円の全債権額であると主張するのであるが、さような事実を認め得る証拠はなく、証人松田シヅの証言(第一回)によると、被告は、右代物弁済に供された物件の価額がその債権額に到底満つるものではないが、とりあえずその一部の弁済に代るものとして右物件を譲り受けたのであるけれども、当時両者の間で右物件の価額については何等協定をしたことはなかつたことが認められるから、右代物弁済は、前述したとおりその目的物件の相当価額と認めるべき金四十八万九千六百八十六円の限度において被告の債権を消滅せしめたものというべきである(証人松田シヅの証言(第一回)によると、上述した訴外株式会社藤井製作所が被告のために振り出した、金額十六万四千円の小切手は、被告がかねて同会社にその振出にかかる金額二百万円の約束手形を支払方法として貸し付けていた金二百万円に対する利息の支払のために、右手形を既述のとおり当事者間に争いのない右会社振出の同一金額の約束手形に書き替えるに際して被告に振り出したものであることが認められ、この認定を飜す証拠はないので、右代物弁済当時被告は、右会社に対して前記約束手形債権のほかに、前示金額二百万円の小切手に基く債権および前記金額十六万四千円の小切手に基く債権として右金額のうち旧利息制限法(明治十年太政官布告第六十六号)に定める年一割の割合による昭和二十六年十月六日(前記書替手形の振出日に当る。)から同年十月十六日(前記代物弁済のなされた日)までの利息金に相当する限度の金額についての債権を有していたものと解すべきである。)ところ、前記代物弁済につき当事者が通謀したとかその他特にこれにより他の債権者を害する意思を有していたものと認めるべき証拠は見出されないのみならず、そもそも詐害行為の取消は、破産手続とは異り、債権者全員に対する比例的平等弁済を実現することを本来目的とするものではないのである。

さすれば訴外株式会社藤井製作所が被告に対してした前記代物弁済は、右会社の意思の如何および被告の悪意の有無にかかわりなく、詐害行為として取り消すに値しないものといわざるを得ないのである。

四、叙上のとおりであるから、原告等の本訴請求は理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条および第九十三条を適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 高野耕一 裁判官藤井一雄は、差しつかえにつき署名捺印することができない。裁判官 桑原正憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例